参考資料考
インド伝承民話集

『インド傳承民話集』上巻(鹽谷太郎譯編/1943年2月28日発行/千峰書房/1円80銭/全293頁/B6版)
『インド傳承民話集』下巻(鹽谷太郎譯編/1943年4月20日発行/千峰書房/1円80銭/全307頁/B6版)

この本は、1878年創刊の印度民族研究誌に掲載されたものの中から、その一部を体系的に纏めたインドボンベイ(現ムンバイ)発行の単行本『Best Short Stories of India』第1巻第2巻(Phyllis Atkinson,B.Sc.Econ/1931年版/Traporevala社)が基になっている。翻訳家の塩谷太郎がその収録内容の三分の一を邦訳し、日本で刊行したものである。

白土は下記作品においてこれを参考資料に挙げている。
神話伝説シリーズ14『羊飼いトリア』(1979年) :小学館文庫『お仙』に収録

翻訳者の塩谷太郎(1903-1996年)、彼は白土三平の母親の兄である。白土の母の姓とは違うのでこれはペンネームであろう。誰もが知る有名な古典SF小説の数々を翻訳しているのにもかかわらずその情報量の少なさに驚く。白土の妹である岡本颯子は絵本作家として自身の本を出すまでは1968年から1970年まで彼の翻訳本の挿絵を描き腕を磨いている(※1)。白土の場合は、初期作品『黄金色の花』(1958年)『2年ねたろう』(1962-1963年)と様々な作品にこの本『インド伝承民話集』のストーリーを内包しているが、実際『羊飼いトリア』(1979年)でのみこれを参考文献として挙げている。

第一巻には全17話と折り込みの統治者別・宗教別インド地図、第二巻には全18話と、同じくインド地図が付加されており、全二冊の収録数は計35話となっている。銃後の出版であり、前書き後書きなどではインド開放の意味も含めた大東亜戦争の意義などについて謳っている。2700年前に発生したこれらインドの伝承民話は、グリム・アンデルセンへと続くヨーロッパの民話、そして日本の民話の原点に近い形で存在する。日本にいたってはタミル語が日本語の源流であること(大野晋「日本語の教室」参照)から、仏教伝来以前からかなりの影響を受けているものと考えられる。

読みやすく面白い本である。入手困難とは思うが読んでとても想像力の膨らむ本だとも思う。では以下に、各巻目次と白土作品への使用考察(わかりやすい部分のみ)を書く。タイトルは一部現代表記に改めている。

第一巻
1.南部インド民話(全4話)
 1-1 ブラーマラクシャサと髪の毛の話(P2-P10)
 1-2 明るい家には幸福が来るという話(P10-P24)
 1-3 乞食と五つのトサイの話(P25-P34)
 1-4 金貨が降って来た話(P34-P50)
2.バンヂャブ民話(全5話)
 2-1 ワニの王様の話(P52-P63)
 2-2 獅子児っ王子と三人の仲間の話(P63-P98)
 2-3 虎とバラモンとヤマイヌの話(P98-P106)
 2-4 ふしぎな指輪の話(P106-P126)
 2-5 七人の母親をもった王子の話(P127-P152)
3.ベンガル民話(全2話)
 3-1 枝が金で、葉がダイヤモンドで、実が真珠で、枝のあいだに孔雀の遊んでいる銀の木の話(P154-P187)
 3-2 大臣と愚か者の話(P188-P197)
4.中部インド民話(全2話)
 4-1 賢い妻の話(P200-P204)
 4-2 ジャンブー・ラージャの話(P204-P218)
5.ヒンドスタン民話(全2話)
 5-1 幸運な羊飼の話(P220-P229)
 5-2 ダンダ王子と王女の話(P229-P243)
6.サンタル民話(全2話)
 6-1 カンランとグージャの話(P246-P265)
 6-2 羊飼トリアと太陽の娘の話(P266-P279)


「1-1」は、怠け者の地主が巨大な怪物に仕事を頼んだところ、怪物は数々の仕事をすぐにこなしてしまい地主は自分が喰われる危機に陥るが、彼の妻は縮れ毛を真っすぐに伸ばす「仕事」を怪物に与え、それを伸ばそうと火にくべた怪物が逃げ出してしまう話。これは『2年ねたろう』内の鬼のストーリーとして使用されている。「1-3」は、乞食の夫婦が5つのパンを二人で分けるのに、どちらが3つ食べるかで目を開けず話さずの競争をするが、火葬され夫が先に熱さに声を出し負けてしまう話。これも『2年ねたろう』冒頭に使用されている。「1-4」は、見る人間によってサソリが大量に降ってくるという部分が、随分後の作品ではあるが『カムイ外伝 第二部』妖怪編の中毒描写に表出しているように思える。

「2-2」は、『黄金色の花』の首から血が水に落ちルビーとなっている部分から、熊蜂を切ることで風魔童子(原話では霊魔ジン)を倒す部分として使用している。「3-1」は王の視力を治すために王子は銀の木を探し、見つけた女性を斬ると彼女は銀の木に、斬ったナイフを地面に落とすと女性に戻る、という部分や、蜂を殺せば羅刹は死ぬ、しかし蜂の血を一滴でも地面に落とすと羅刹は二倍に増える、という部分などと結末の部分、これも『黄金色の花』で使用しており、「2-2」の話と合わせて『黄金色の花』のストーリーが組み上げられていることが判る。

「6-1」は、『忍者武芸帳』の明美と太郎が木の上に隠れ、水に映ったその姿を追っ手が水の中に隠れているのと勘違いして水に飛び込むコント部分の元となっている。「6-2」は『羊飼いトリア』の原作である。ほぼそのまま使用しているが、道義上ケシを稲に変えていることや、洞窟の中のトリアが抜けだし(もちろん妻の魔術による)灰が牛に変わる部分が、もとから牛と共に閉じ込められた描写に変わっているなど、部分変更はある。初期『サスケ』のサスケが服部半蔵の娘に洞窟に閉じ込められるエピソードのきっかけにもなっていると思われる。

第二巻
1.カシュミール民話(全9話)
 1-1 熊の取引の話(P2-P11)
 1-2 虎と百姓の女房の話(P11-P21)
 1-3 性質の悪い友達の話(P21-P28)
 1-4 ファッテー・カーンの話(P28-P45)
 1-5 ガンガバルの湖の話(P46-P49)
 1-6 グヮシュブラーリとウエストアルワンの話(P49-P52)
 1-7 バーラム・イ・ゴール王子とシャーパサンド仙女の話(P53-P72)
 1-8 マイナとオウムを食べた兄弟の話(P73-P97)
 1-9 人喰い女王の話(P97-P119)
2.西部インド民話(全5話)
 2-1 いねむりナシブの話(P122-P147)
 2-2 ラルバリとケブラパリの話(P148-P169)
 2-3 マリカ・ジャリカ姫の話(P169-P203)
 2-4 贋絵描きの話(P203-P221)
 2-5 ラニ・ジャージャニの話(P221-P252)
3.テルーグー民話(全1話)
 3-1 自惚れたサララの木が後悔した話(P254-P266)
4.サルセット民話(全1話)
 4-1 バルダダとバヨバイの話(P268-P286)
5.ダクシナ・デサ民話(全1話)
 5-1 グルの悪知恵(P288-P294)
6.テルーグー・ヴァイシュナヴァ民話(全1話)
 6-1 ガンガ河由来記(P296-P301)


「1-8」の白象が頭を垂れた者を王にするくだりは、『2年ねたろう』の白犬がツグミに頭を垂れ姫になるくだりとして使用されている。同じく「1-8」の弟王子が身代わりに悪魔の生贄に向かう部分は、『こがらし剣士』の大蛇の生贄にきり太郎がなるくだりに似ている。また同じく「1-8」、「若者は気を失っていたが、まだ息があった。彼らは王子を家にかつぎ込むと、女たちに渡した。女たちは、すぐさま彼を正気づかせた」、の部分は『カムイ外伝 第二部』スガルの島編のようだ。蛇足だが現代の日本人の感覚のように、この場にイヤラシイ感情は全く生まれない。救命のため当然のこととして普通に行なわれていたことなのである。「2-1」「2-3」のワシの背に乗り移動をする部分は『霧の千丸』『忍者旋風シリーズ』などを思わせる。つまり白土作品のこの表現の答えともいえる。そして「3-1」の一文「世の中の生き物は、みんな風の神に支配されているのです」、白土文学にカムイの必要性を感じざるを得ない部分だ。ここに「旅に出る」物語が多いのも、白土の作品創作の核と思える要素である。

※1
『黒いダイヤモンド』ジュール・ヴェルヌ(塩谷太郎/1968年6月発行/ベルヌ名作全集7/偕成社)
『カルパチアの城』ジュール・ヴェルヌ(塩谷太郎/1968年11月発行/ベルヌ名作全集11/偕成社)
『隊商』ヴィルヘルム・ハウフ(塩谷太郎/1969年7月10日発行/少年少女学研文庫15/学習研究社)
『アレッサンドリア物語』ヴィルヘルム・ハウフ(塩谷太郎/1970年発行/少年少女学研文庫24/学習研究社)