参考資料考
アメリカ・インディアンの民話

『アメリカ・インディアンの民話』S・トムスン編/皆河宗一訳(1970年2月15日発行/民俗民芸双書49/岩崎美術社)

この本はスティズ・トムスン著『北米インディアンの説話』(Stith Thompson "Tales of North American Indians" Cambridge, 1929年)全9章の内、第7章までの全77話中、67話を訳出したものだ。原書は現在パブリックドメインになっており、ココで全文を読むことが出来る。スティズ・トムスン(1885.3.7-1976.1.13)はアメリカで最初にフォークロア(民俗学)の講座を持ち、アンティ・アールネ(1867.12.5-1925.2.2)を継ぎ昔話の国際基準「AT分類」を作ったことで世界的に知られている。日本であまり一般に知られていないのは、なぜかヨーロッパの昔話に偏って人気があるからに他ならない。訳者皆河宗一(1920-)については情報が少なく不明。仕事の重要性とは裏腹に、日本での翻訳家は意識されにくい存在である。この本『アメリカ・インディアンの民話』は箱入りの丈夫な作りで、巻頭に詳細な「北アメリカ・インディアン種族分布・文化圏図」が付属されている。白人占有以前の北米大陸の地理、原住民の意識思考に楽しんで触れることが出来る本である。

白土は5つの作品においてこれを参考資料に挙げている。
神話伝説シリーズ1『NAATA』(1974年) :小学館文庫『サバンナ』に収録
神話伝説シリーズ5『野牛の歌』(1976年) :小学館文庫『野牛の歌』に収録
神話伝説シリーズ6『大熊の星』(1976年) :小学館文庫『野牛の歌』に収録
神話伝説シリーズ9『犬の島』(1979年) :小学館文庫『野牛の歌』に収録
神話伝説シリーズ10『セドナ』(1979年) :小学館文庫『野牛の歌』に収録


『NAATA』、「神話伝説シリーズ」の第1作目として発表されたこの作品は「22-とうもろこしの由来」(アバナキ族/北東部森林地帯)を基にしている。原話の登場人物は男と女(名前は出てこない)一組だけだが、白土はそこに流浪の男二人を登場させ、女を人間としての生々しい存在に変化させ仕上げている。

『野牛の歌』は「50-見わけられた野牛女房」(ブラックフット族/平原)を基にしている。原話では冒頭「あるとき若い男が外へ出かけて、一頭の雌の野牛が苦境に陥っているのにぶつかった。彼はそれをまんまと利用した。」という記述があるだけの部分を、白土は大胆で力強く美しい描写で表現している。よく調べ描かれたこの地方の自然・動物描写は文章以上に動物と人間の共棲的営みを目前によみがえらせてくれる。『大熊の星』は「57-クマ女房」(ブラックフット族/平原)を基にしている。この2作品とも出典は同じ(上記原書へのリンク先を参照)で、ブラックフット族の話である。最後の文章「うんそうじゃよ(以下略)」は白土によって追加されたものだ。現在この作品が収録されている小学館文庫の寄稿文内、研究者がこの部分にあえて着目し、歴史が凝縮されている一言、と深く読み取っている。

『犬の島』は「58-犬の亭主」(クワナルト族/北太平洋沿岸)を基にしている。原話では娘の名前は出てこないが、続く『セドナ』と連作にするためか「セドナ」になっている。白土は、この作品で原話には無いラストの5コマを追加し、あえて振り向いた母の表情を描かない表現を使用。そこには神話的な答えが無限に潜んでいる。『セドナ』は「1-下界の女王セドナー」(エスキモー族/エスキモー)を基にしている。これは「創造神話」項の物語で、元本冒頭に収録されているものだ。エスキモー地区全域にわたって語られている話だそうだ。こういった創造の話は視覚化すると得てして残酷になる。しかしそこに白土の力量が十分発揮され、壮大である。