飛礫
作品解題
この作品のコンセプトは終始「欠けに対する意識」である。以下台詞改変について述べるが、差別用語を含む。

かつて戦前の子供向け教育本に「いざりとめくら」という物語があった。 めくら(目の不自由な人)といざり(足の不自由な人)が道で出会い、めくらがいざりを背負い歩くことで、目的の地へ歩み出せる、お互い短所があってもそれを補完し合って生きて行こう、 という感動的な話だった。「助け合い」の精神を説いたこの話が日の目を浴びることはもう二度と無いだろう。

「飛礫」を小学館文庫で初めて読んだ時、こんなセリフに引っかかった「オッなんだ!!あやつは……?」「走ってる!!」。乞食が太郎を追いかける描写だ。 当時の疑問、乞食が走って何を驚くんだ、と何度読み返しても理由が分からなかった。 しかしこれは初出時、こんなセリフであった「おっなんだ!あのいざり?」「はしってる?」。 そしてその前頁、乞食が首から掛けた札の文字文頭にはこう入っていた「めくらでいざりの」。つまりは火事場の馬鹿力、いや、乞食の生活の知恵をユーモア的に表現していたのだ。 確かに初めこの乞食は手に草履を履いて移動しているが、目が見えないことと映画「街の灯」でのチャップリンとヒロインの出会いのような音(チャリーン)との掛け合いは消えてしまっている。 もう少し分かりやすく作品の意図を残してくれても良かったのにと今読み返して思う。 「めくらでいざりの」部分は、ただ削除するのではなく「目と足の悪い」に置換してほしかったものだ。下は該当箇所の変遷。

※1960年発行:貸本「奇剣崩し」/東邦漫画出版社(A5)

※1966年発行:KDC「剣風記」/コダマプレス社(新書判)

※1968年発行:GC「忍法秘話」第5巻(異変の巻)/小学館(新書判)

※1975年発行:HC「赤目」/汐文社(B6)

※1977年発行:旧SB「忍法秘話」第5巻(蟷螂)/小学館(A6)

※1992年発行:SS「忍法秘話」第5巻(剣風記)/小学館(四六判)

※1996年発行:SB「忍法秘話」第6巻(奇剣崩し)/小学館(A6)

これら改変は各出版社の意向というよりは、その時代時代の意識によるものが大きい。 私は「言葉狩り」という用語をあえて使用しているが、言葉を変えること自体は仕方の無いことだと思っている。言葉を正しく置換していることに反発意識は無いが、それが本当に正しく置換されているかは、指摘し続けていかなければいけないことだと思っている。 このテーマで意識すべきは、「置換における違和感」と、「削除における違和感」の二点である。その違和感が、当初の作品意図との間に多少なりとも乖離を生むならば、それは作品の歪みとなり、極端になると作品や作者に対する別解釈を生んでしまうことにつながる。これを出来るだけ避けなければならないという意識は、著作者だけでなく多くのファンに共通する心理だろう。 その中でもこの作品のようにただ消すだけという行為が一番やっかいで、わかりやすいのは映画など映像作品における音声削除による口パクである。これが行われると、最早その台詞部分の意味が全くそがれてしまうわけで、要素の分断が間違った解釈の一因になる。