こがらし剣士
作品解題

※B6貸本単行本「こがらし剣士」表紙と中扉

印刷:1957年7月30日 発行:1957年8月5日
発行者:木島泰司/印刷所:株式会社明正社/発行所:巴出版株式会社(東江堂書店取扱分)
定価:130円/サイズ:B6/全128頁(内訳:中扉1頁/目次・登場人物紹介2頁/漫画部分124頁/奥付1頁)

目次
 P1: 中扉
 P2-3: 目次・登場人物紹介
 P4-16: 「木の葉の舞い」 (全13頁)
 P17-31: 「母をたずねて」 (全15頁)
 P32-37: 「六本松峠のめぐりあい」 (全6頁)
 P38-46: 「白雲の最後」 (全9頁)
 P47-59: 「かたうでの武士」 (全13頁)
 P60-68: 「怪盗こけ丸」 (全9頁)
 P69-73: 「其後のきり太郎」 (全5頁)
 P74-81: 「仇をたづねて」 (全8頁)
 P82-94: 「伊吹山の大蛇」 (全13頁)
 P95-112: 「剣風往来」 (全18頁)
 P113-127: 「最後の決闘」 (全15頁)
 P128: 奥付

初の白土三平名義単行本、つまりデビュー作である。 牧かずまの下で腕を磨いていた時期の作品。絵、特に女の子の描写はまだ牧の影響が大きい。 この作品が一個体の「作品」として論じられることはなく、のちの白土作品の断片を垣間見ようという作業からいくつか論が生まれている。その断片のうち誰もが語る部分、つまり一つしかないからなのだが、キャラクターこけ丸のセリフである。 「おれはドロボーさ!!そうなんだ、ドロボーっていってもただのドロボーじゃない。おれの親はさむらいに殺されたんだ!だからおれはさむらいをにくむ………さむらいから金をうばい百姓に分けてやるのだ。どっちみち、さむらいの金は百姓からまき上げたものだ」。 白土作品の常套句である。弱いものの視点、つまり時代劇の中では群集側に立った言葉である。代表作「忍者武芸帳」「カムイ伝」などからなる白土作品のイメージにぴったりの部分だ。 白土の言でいえば、作品がそうなるのは当たり前だ、だって自分はその立場を生きてきたんだから、ということになる。さて他には無いのか、と捜してみるも、肝心な分かりやすく白土らしい「思想」の面ではもうみつからないので、語ることが出来なくなってしまう。 このこけ丸の言葉をメインとせずに作品「こがらし剣士」を語った文章はないのだ。四方田犬彦の「白土三平論」内でもあらすじと後作品とのコジツケ部分を排除すれば、このこけ丸部分のみしか細かには語っていない。 森秀人も「復元版 忍者武芸帳」内の寄稿文で面白くこう書いている。

少女忍者カスミが全裸で水浴する絵などもはいっているし、副主人公ともいうべきこけ丸が途中で死んでしまうというあたりに、後年主人公などが、あっさり殺されてしまうマンガを描きはじめる白土三平のマンガの原型が認められる。
「復元版忍者武芸帳」第1巻内「白土三平研究」の森秀人による寄稿文(再録)より抄出

ではこの作品から引き継がれている要素には何があるだろう。 出だしの部分の女の子との出会いと展開は、大枠で「甲賀武芸帳」「嵐の忍者」に引き継がれ、この「甲賀武芸帳」を弄って出来た作品「霧の千丸」「忍者旋風(風魔忍風伝)」「風の石丸」にも見ることが出来るので、「白土っぽいなあ」と思うことが出来る部分だ。 きり太郎が大蛇の元へ運ばれるコマも「甲賀武芸帳」の姥捨て山のくだりで見ることが出来るユーモアのあるものだ。そして一番多くの作品で、白土が好んで数年間使い続ける展開が「大蛇との対決」部分だ。 大きな生物との戦い、それが化物サンショウウオだったりと変化はするのだが、私も少しコジツケ覚悟で言ってしまえば、視覚的に大きなものを登場させるこれは「カムイ伝」の山丈(自然の象徴)や同第二部の観世音菩薩(人間であることの象徴)まで引き継がれる唯一初期作品から現在まで残る白土的要素な気がしてならない。
霧と霞
霧と霞に漢字の意味的違いは無いらしく、平安時代になって春のものを霞、秋のものを霧と呼び分けた。「こがらし剣士」の中で春にカスミと出会ったのも、雲に母を見るのもその理由で、きり太郎が「こがらし木の葉の舞」を使うのも秋だからであろう。気象用語では(地方差はあるが)以下の分け方。

霞(かすみ):気象用語ではない
靄(もや):1km先が見える
霧(きり):1km先が見えない
濃霧(のうむ):100m先までしか見えない
雲(くも):浮いた霧を外から見たもの

白土三平がデビュー作品「こがらし剣士」でこれをキャラクター名として使用した理由は、完全に推測だが「週刊子供マンガ新聞」(1946年5月-1953年4月)に1950年末から連載の始まった小川哲男のカラー漫画「キリたろうとカスミちゃん」からであろうか。これは現代を舞台にした滑稽漫画。桜、桜、弥生の空は見渡す限り、霞か雲か。もやもやする、目がかすむ。かつて中国には「風」という漢字だけでも1000以上あったと聞いたことがある。
再録本(1959年)

※B6貸本単行本「忍者無双」表紙と中扉

1959年、若草書房から同じくB6貸本単行本「忍者無双」(1959年7月4日発行)として発行された。表紙が自画となる。 表紙と奥付頁(P128)を新しく変え、中扉(P1)のタイトル文字「こがらし剣士」を「忍者無双」と書き直しただけであり、目次以下内容(P2-P127)は全く同一。 出版社が違う会社(若草書房)であるのは、巴出版株式会社は「こがらし剣士」刊行後に倒産してしまったからだ。

通例で原稿料は次の原稿を持って行った時に受け取れる。そのために白土はデビュー作品単行本「こがらし剣士」の原稿料を受け取っていない(資料:「週刊朝日」1966年12月2日号)。 「こがらし剣士」と同じような巴出版のB6貸本単行本は、1957年6月25日発行のものから同年10月15日発行のものまで把握している。10月末にはA5貸本単行本も発行されている。 よって倒産は10月だと推測でき、途方に暮れた白土が日本漫画社を訪ねたのは11月頭頃の時期になるだろうか。その時携えていた白土第2作目の原稿は「甲賀武芸帳」前編(1957年11月20日発行)として日本漫画社から発行された。

当時の業界の制度からいって、白土がこの再録本の稿料さえ受け取ることができなかった可能性が高い。この再録本が非公式である可能性もある。その場合この表紙画は、実際の貸本「こがらし剣士」で使われなかったもの(他者絵に差し替えられる前のもの)、という可能性もある。
初出本(1957年)と復刻本(2007年)の比較
この作品3回目の発行、復刻名作漫画シリーズ「こがらし剣士」(2007年12月2日発行/小学館クリエイティブ)との比較をする。

カバーの差異
色ズレは考えないとして、背表紙のフォント変えおよび絵の描き直しがある。元本のイタミが原因だろう。表紙の人物には肌の色に塗り直しがある、肌の色の塗り直しは中扉の絵も同様。左足の結び目が消えているのもそういった事情によるもの。あと欠落部分の一部補いがある。補いはコピースタンプによるものである。



写植系
 P1: ノンブル「-1-」の削除。ちなみにノンブルは全頁新たなものに替えてある。
 P2: 「木の葉の舞い」→「木の葉の舞」
 P3: 「剣 風 往 来」→「剣風往来」、「最後の決斗」→「最後の決闘」
 P18: 5コマ目「先きも」→「先も」
 P42: 7コマ目ルビ「こがりゅう」→「こうがりゅう」(P45、P47、P120も同様)
 P47: 1コマ目「かたき」→「仇」、「道中は」→「道中は………………」
 P69: 「まっさかさま」→「まっさかさまに」
 P75: 4コマ目「かかえり うちに」→「かえりうちに」
 P87: 4コマ目「いきにえ」→「いけにえ」
 P125: 6コマ目「木の葉の舞い」→「木の葉の舞」
 P127: 5コマ目「かたき」→「仇 」

微調整の一環としての変化
 P41: 写植により消えた線の補完(髪部分)
 P75: カスミの服の肩のシワが消えている
 P78: フキダシ枠線の補完
 P103: 写植下の手書き文字はみ出し部分削除(刀)

※全て初出本より

ほかにP47-最終コマのカスミの髪の反射(白点2つ)が消えているのと、P81-1コマ目やP119-1コマ目のそれが潰れ消えかけていること、P82-2コマ目の「ザーザー」が潰れ見え辛くなっているのも原本の状態に拠るものである。原本に起因するゴミ消しが細かくおこなわれており、コマ枠をはみでた微線も一部消し整えてある(P84、P85、P99など)。

改変箇所
 P14: こがらし剣士の色を赤に変えている。
 P47: 「ネエ!」と話すきり太郎に目玉追加。
 P74: 「たづねて」→「たずねて」
 P113: 「最後」の文字直し、セリフ空白→「アッ!!」(この写植は前頁からとったもの)

※上が初出本、下が復刻本より